名ゼリフ

L'eclat des jours(2008-09-30)

ガウスのようになるのは難しい話だが、ビュットネルになら、なれそうな気がする。というよりも、そのようであるべきだし、そうありたい。
おれが恐れるのは、5,050と書かれているだけなのを見て、計算式がないという事実だけでムチを振りまわしたり、あるいは説明を聴き終わったところでニタリと笑い、「いや、ガウス君、この問題は、まじめに計算することを学ぶために出したのだよ。さあ、私のムチの前に立ちなさい」と言いだすような人間であり、知らずにそういう振る舞いをとってしまうことだ。

これなど、数年前の自分なら喜び勇んでコピペしていただろうが、いまもそうだが、しかしなんかキリがないな。自分が何か(今回はこのすばらしい文章)に心を動かされることそれ自体はとてもいいんだが、何というか、貧乏くささを感じるようになってきた。かといって切実さも足りないしな。自分の信念や願望を強化するものばかり暗黙に取り入れようとしているところに下心を感じるからだろうか?