「人事改革、各社の試み」について(1)

日本SHL社ウェブサイトのコンテンツ「人事改革、各社の試み」は、日系大企業の人事関連プレスリリースをもとに評者があれこれ論評し、教訓を引き出す解説記事だ。例外なく面白くためになるが、優れた人や企業を褒める記事が特にすばらしい。著者の、すごさの所以を解説し、概念化し、教訓にする技術それ自体が極めてすぐれているからだ。豊富な学識と経験に裏打ちされた概念化、合理的きわまる分析、繊細な言葉づかいの配慮、高度に政治的な心理誘導、歯の浮くようなヨイショが高い水準で融合している。評するも人、評せらるるも人ということばがぴったりだ。著者の清水氏が亡くなられ、続きが読めないのが残念でならない。
特に面白いものを紹介する。

トヨタ30万人のチームワーク 徹底議論、競争力の源に』
http://www.shl.jp/newscom/index.asp?y=2008&m=1&d=7

 

トヨタが超える 新しい常識」と題された日経のシリーズ企画の第5(最終)回の紙面を取り上げた。参考までに前4回の記事見出しと主要な訴えを要約してみる。

1 国内生産で中国生産に勝つ 世界最高の効率強みに

 「国内工場で、世界で最も安くクルマを造る」。常識はずれの目標へトヨタは今ひた走る。対中国比8倍の人件費格差を埋める生産革新を日本国内で実現できれば、その生産ノウハウを既存の海外工場に移殖できる。逃げ水を追うようにして次の低人件費国を探し工場を作ろうとする自動車メーカー間の現状では「真の競争力」は身につかないと考えるからだ。この生産革新の鍵を握るのはロボットと人間が臨機応変で動く、ハイブリッド工場である。GMが挑んだ無人化工場の失敗を徹底研究して生まれたトヨタらしい着想である。

2 競争で磨く環境技術 先頭の風圧、開発加速

 トヨタ社長の渡辺捷昭は「世界のあらゆる地域で環境対策のトップを目指す」と強調する。現実にトヨタの中国広州工場は、世界最高水準の循環型工場になりつつある。従来の鉄くずを固めて電炉や鋳物メーカーで溶解してきたやりかたをやめ、溶かす前に鉄くずをサイズごとに14種類に分類、それぞれまっすぐに延ばして再生する。それを電機メーカーに販売する。溶解に使うエネルギーが減り、炭酸ガスの排出量を大きく削減できる。日本国内の工場も負けていない。それぞれの工場が地道に環境技術のカイゼンを進めた結果、生産台数は2割増えたが、排出炭酸ガスを1割減少させることに成功した。

3 健康支援、対処から予防へ 成長持続へ医療費削減

 トヨタ経営陣の脳裏には医療費や年金など「レガシー(負の遺産)コスト」の増大で経営の屋台骨を揺さぶられ続けている米ビッグスリーの姿がある。 GMが米国内で払う医療費は一時、年間50億ドルを超えた。新車一台あたり1500ドルに相当する。渡辺社長は「対岸の火事とは考えていない」と言い切る。トヨタがとった戦略は、予防医療への大胆な投資である。そのために予防医療の重要性を説き続けている医師の岩田全充を安全推進部長にスカウトし、グループ家族22万人を対象に大規模な健康データベースの構築をスタートさせた。また、40億円かけて「健康支援センター」づくりに取り組もうとしている。自社の病院をもつ企業は多いが、予防のための「健康支援センター」をもつ企業はない。「病気になってからでは遅い」とトヨタはみる。

4 脱・新車依存の販売改革 金融・ITで囲い込み

 今年のトヨタの10、11月の国内販売はそれぞれ6%増と、他社平均の伸びを上回った。それを支えたのはトヨタが打ち出した「下取り価格の1割アップ」作戦だった。トヨタファイナンスは、過去2年間の中古車オークション会場での取引データ200万件をつぶさに分析して、下取り価格を平均1割あげてもOK」と決断した。この作戦で、ローンの利用購入者が3割増えた。ITも脱・新車依存の販売改革に貢献しつつある。高級車「レクサス」の全車両には、タッチパネルを押すと、レクサス・オーナーズ・デスクにつながり「カーナビ」の使い方を人が懇切に教えてくれる端末が積載されている。これが機械的な操作を好まない比較的高齢な高級車オーナーの心をくすぐる。同時に次世代カーナビの開発に欠かせない貴重な情報入手にもつながる。カーナビを制するものが車を制するのだ。

ここまで読むとトヨタエクセレンスの追求への執念に呆然とする。胸やけがしそうだ。
トヨタの凄さを印象づけた上で、清水氏は今回の記事の本題の「1990年代後半、トヨタは「個の重視」を旗印に「その道のプロ」を育成する方向に会社の舵を切った」という部分を解説していく。

 「30万人のチームワーク」と題された最終回のテーマは、社内での徹底議論を呼びかける人事改革の試みである。

 記事中次のような面白い記述がある。(一部わかりやすくして)引用する。

以下、人事改革を解説していくのだが、冒頭の記事を漫然でいたのでは何がどうすごいのかさっぱり分からない改革案の狙いを鮮やかに描写していく。
そしてここまで読んだ上で、一旦先に進むのを止めてちょっと考えてみる。これらの記事は結局何を言いたいのだろうか。トヨタが圧倒的にすごそうであることは分かったが、どうすごいのか。要約せよと言われても困りそうだ。著者の要約は以下。

 以上の人事改革の発想を要約すれば、
 個々の社員の専門性アップの試みが一定程度の成果をみた。次の課題は、それを連携・連結させて組織の成果とするネットワーク力の向上だ。
 そのために「専門職」を「指導職」と捉えなおして、培った専門性を後輩、若手への移殖を積極的に推進して、ノウハウの共有化を図る。
 同時に、「専門職」どうしをひざ詰めで徹底議論させる場を、会社が半ば強制的につくり、苦闘して生まれる知恵と勇気をもって「競争力の源泉」とする、
 となろうか。

これ以上ないくらいわかりやすくかつ深い形でまとめられている。非常に得した気分になる。

最後に、

産業革命後に生まれた会社文明の一つの高い頂きにトヨタはいま届こうとしているのではないか。 

冷静に読み返してみると、こんなに歯の浮く褒めゼリフはちょっと考えられない。(ひねくれ者なら、トヨタの執念はバベルの塔を築こうとしているように見えるのではないだろうか。)しかし、トヨタエクセレンス追求の凄さ、著者の分析と表現の凄さが、この極端なセリフをあまりに自然に感じさせることに成功している。

私はこの記事を読んですごいなと思ったが、それ以上に得体のしれない後味のよさを感じた。なぜかと考えてみると、「トヨタに学べ」といった安直な教訓を引き出さず文章を終えていることが後味につながっているのではないか。このトヨタの凄さを見て何かを学ぼうと襟を正さない人間とは一緒にやっていけませんな、という著者の意識が伝わってくるようだ。

確かにトヨタはすごいが、この思考の密度と心意気こそ学ぶに値するのではないか、と感じた次第。