小倉昌男「経営学」

利害得失を論ずるは易しと雖も、軽重是非を明にするのは甚だ難し(福沢諭吉)

短期的な利害はコストベネフィットの計算だから、計算式やデータがあれば簡単に求められる。そもそもコストとかベネフィットとは短期的なという意味だ。重い軽いの見積りははるかに難しい。軽重も同じく非常に長期のコストとベネフィットの延長線上になるのだろうが、長期に渡ると取り返しがつかなかったり、「よかれと思って」意図せざる副作用が発動したりして見積りが非常に困難になる。しかし、できる人はいるのだ。


この本は昔借りて読んだが、こんなにおもしろかったか。当たり前のことを当たり前に考え、行動したことがそのまま書いてある。しかし「当たり前のことを当たり前に積み重ねる」その水準がすさまじく、しかも自然で、何か異常なものを感じる。と話すとある友人は「この人は、自分が考えたこと、やったことしか話していないのではないか」と言っていた。しかし、こんなに当たり前のことを当たり前に行うのは絶対に当たり前ではない。理解しがたい何か巨大なものがあるように思うが、「巨大な」謎というのとはちょっと違う。単に異常にロジカルであるとか、異常に質が高いとか、そういう量的な問題ではないように見える。*まったく違う*何か別のものがあるのだろうか。スワンベーカリーだって普通はやらんだろう。
なんか崇拝とか感動ってのともちょっと違う感情を覚えた。(かつて読んだときの感想は「小倉昌男は神」で終わっていた。)

.. そもそも企業は、なぜ社員を雇っているのだろうか。
.. サービスの差別化をキーワードとして宅急便を展開していて問題になったのは、サービスレベルを数値として把握できないか、ということであった。
.. サービスの向上はプラスだが、コストが上がるのはマイナスである。こういう二律背反の条件は、経営をしていると常にぶつかる問題である。プラス要素とマイナス用途を比較検討して、差引きプラスならば営業所の新規設置は実行する、というのが公式的な答えかもしれない。*ただ、はたしてそれが正解だろうか。*
.. 民間企業は、無用な規制に安易に屈してはならないのである。

これらの台詞は一見平明だが、実はめったにお目にかかれないように思うし、異常に優れた台詞だと思う。その他:

・宅急便は改めて考えてみると非常に役立ち、金も儲かる良い事業だ。(今現在どれくらい儲かっているのだろうか)
・「安全第一、営業第二」という標語に感銘をうけた、と書いてある。また「サービス第一、利益は第二」という標語を普及させ、(そのほうが正しく、しかも儲かる)これは課長が言うべき台詞ではない、社長のみが言える台詞である、と書いてある。それはそうなのだが、、
・経営の知識や概念をセミナーで学んだ、と書いてある。セミナーは、題目上新しい知識と知恵をつけるためのものだから、そこで何かを学ぶというのは別にへんなことではない。でもこのご時世に、自分の身になって考えてみて「セミナーで何かを学ぶ」ことなどできるだろうか。なぜそんなに素直なのか。
・行間や人柄から特にパッションやとてつもない野望のようなものも感じない。エゴや自尊心が原動力だというのともちょっと違う気がする。原動力が分からない。

finalvent氏はこんな風に書いている。

http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2008/06/post_6ae2.html
小倉昌男の経営思想の、もっとも難しい部分は、こうしたなにか奇妙なところに深く関係しているように思う。ある意味で、これだけ頭のいい人で、経営力がある人でありながら、いやだからなのか、人間というものに答えを出さない。なぜこうまで人間というものを開いて問い続けたのか、しかも80年も、ということが鈍い感動のようなものを残す。